“生き別れた家族”にありがっと!

 伝説の人に会ってきた!

 幼少期から親のカーステレオで聴いていて、自分もファンになったバンド、サザンオールスターズ。

 その元リードギターである、大森隆志さんのデビュー45周年ライブ「サザンde Night」に行って

大森隆志とは?

 僕にとって何故、大森さんが伝説の人なのかを、大森さんの経歴を紹介しながら簡単に説明したい。

 大森さんは1956年12月12日に宮崎県で生まれた。ちなみに同じ年の12月11日は、サザンオールスターズのメンバーであり、ボーカル桑田佳祐の妻である原由子の誕生日である。大森さんのSNSでは一緒に原さんの誕生日を祝う投稿が見ることができる。

 197年に青山学院大学に入学し、音楽サークル「A.F.T」で桑田佳祐と出会い、サザンオールスターズに加入。1978年6月25日に1stシングル「勝手にシンドバット」でデビューしてから、2001年8月7日に脱退するまで23年間リードギターとして、数多くの名曲をバックで支えてきた。

 2001年に脱退しているので、僕は大森さんがサザンのメンバーとして活動している姿を微かにしか覚えていない。2000年に「HOTEL PACIFIC」がリリースされた際に出演したテレビ朝日系「ミュージックステーション」で見た記憶が残っているくらいだ。僕が小学校3年生の時だったと思う。

 小学校、中学校、高校、大学、社会人になってから自分のお小遣いや、働いて稼いだお金でサザンのCDを買ったり、ライブを見に行くようになってからは大森さんは既に脱退しており、過去に発表された音源や映像作品でしか、目にすることができなくなっていた。

 それは、現在の野球ファンが王貞治さんや長嶋茂雄さんのプレーをよく知らないのと同じような感覚かもしれない…そう考えると、大森さんは“伝説の人”である。

感動!痒いところに手が届くセットリスト

 「サザンde Night」というライブタイトルから想像できるかもしれないが、セットリストは全曲サザンの楽曲だった。それも、近年サザンのライブでは披露する機会が少なくなった曲を“本物のサウンド”で聴けて、終始興奮していた。

 オープニングで披露されたのは大森さんが作曲した「なんば君の事務所」

 20枚目のシングル「ミス・ブランニューデイ」のカップリングで発表された楽曲なのだが、サザンのライブで披露されたことは一度もない。その曲をオープニングで、しかもサザンのレコーディングやツアーで現在もホーンセクションでサポートしている包国充さんのサックスを交えての演奏でハートを鷲掴みにされた。オープニングからズルいな…

 2曲目以降も「いとしのエリー」、「ミス・ブランニューデイ」といった王道サザンナンバーから「Big star blues」、「ラッパとおじさん」などのファンなら涙モノのナンバーをギターインストで披露する…

 後半は、ゲストボーカルを迎えて「Ya Ya(あの時代を忘れない)」、「そんなヒロシに騙されて」などの大森さんが在籍していた頃のナンバーや「盆ギリ恋歌」、「東京VICTORY」といった脱退後のナンバーを披露し、エンディングはゲストも総出で「勝手にシンドバット」でフィニッシュ…

 僕が個人的に興奮したのが「Ya Ya(あの時代を忘れない)」

 2番のAメロとBメロの合間にギターソロが入るのだが、目に浮かぶのは〜 Better Days〜のあと、大森さんがそのフレーズを奏でる!ずっとCDやレコードで聴いていたあのフレーズ!「あぁ〜本物の音だ〜!」と感動した。今後、サザンのライブに行けたとして、この曲が披露されたとしても、桑田さんの歌声で感動することはあってもギターソロで感動することはないかもしれない。

大森さんは“生き別れた家族”

 今回、初めて大森さんのライブに足を運び、実際に演奏を聴き、話をしてみて、大森さんは今でもサザンを愛しているということを改めて感じた

 それまでも、様々なメディアを通じて大森さんはサザンへの愛を語っているが、今回もMC中にデビュー当時の思い出を語ったり、ライブにドラムの松田弘を誘ったことを打ち明けていた。サザンの残りの5人のメンバーに対して、何も後ろめたいことは何もないし、立ち位置は変わっても“サザンオールスターズ”というバンドを現在のメンバーやファンと同じように愛しているのがひしひしと伝わった。

 それは、生き別れた子供をどこかで愛し、見守っている親のようなものなのかもしれない

 この日を通じて改めて、サザンがますます好きになった。そしてまたいつの日か、サザンのライブを生で見れる日が来ることを願いたい。

 最後に、桑田さん、原坊、ヒロシ、ムクちゃん、毛ガニさん、そして、大森さん、いや、ター坊…45年間ありがっと!そして、46周年おめでっと!

 

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