楽曲紹介_楽園のDoor

 うろ覚えで、誰が言ったかが思い出せなくて困っているんですが、「世界を知るためには、自分の庭先で十分」的なことを言い残した人のことを考えています。多分、哲学者なんですが、、、。

 自分が住んでいるアパートのベランダから外を眺めると、例えば街路樹の名前は何だろうな、植え込みの花の名前は何だろうな、道路はアスファルトでできていると思うが、アスファルトってどうやって作られているのだろうか、などをひなが考えるだけで、わざわざ難しいことをせずとも、遠くに行かずとも、庭先から観察した事柄から多くのことを学ぶことができる、といったニュアンスだと理解しています。

 ChatGPTに、そんなことを言ったのは誰だと思いますか、と聞くと、ゲーテと答えるんです。
根拠を示せと言っても「多分ゲーテだと思うのですが、出典は見つけることはできませんでした」といい加減な回答をしてくるのですが、いったんゲーテの思想に興味を持ってみようと思って、「ゲーテの思想を整理してくれ」と頼んでみたのですね。

 そしたら、「教養的自己形成」という考えを発信したと教えてくれました。人間とは不完全な存在であり、常に生成、変化していくものであると。人生の最大の目的とは、自然や社会、他社と関わり、調和していくことで、自己を高めていくことであると。

 今日を生きる我々にとっては、何を当たり前のことを仰々しく言っているのだろうか、と直感的に思ってしまうのですが、彼の思想が現代において高く評価されているのは、彼がその思想を発信するまでは、それが時代において当たり前ではなかった、と言う事実が大きいと思うのですよね。

 過去の知の巨人たちの仕事(ここでいう仕事とは賃労働ではなく、著作や芸術的活動などを指すWorkを意味するところです)を理解するにあたって、重要な観点だと個人的に思うのですよね。スマートフォンが我々の生活をいかに便利にしたかは、スマートフォンが存在しなかった時代を経験しているから、割と簡単に理解できると思います。一昔前は、渋谷駅で待ち合わせをしようとすれば、駅の伝言板を使って連絡を取り合っていましたが、我々はSNSを使用して、柔軟に待ち合わせることができるわけです。スマートフォンの恩恵は割と簡単に理解できます。

 ところが、「人権」や「理性」など、特に西洋思想の潮流で生まれた様々な概念は、我々はそれが無かった時代を経験していないので、ありがたさを直感的に、経験的にとらえることが難しいのですよね。少し考えを巡らせれば、あるいは教科書を開いてみれば、例えば理性(啓蒙主義)が誕生するまでは迷信・宗教的権威の中でしか人は生きることが許されなかった、という時代背景を知ることで、その仕事の重要性を知ることはできると思います。

啓蒙主義宗教的権威・迷信
理性・科学を信頼神の啓示・聖職者の教えを信頼
経験と観察から真理を得る教義・聖典を真理とする
批判的思考・疑問の尊重教義への服従・異端視の強調
世俗化(宗教からの自由)政治・社会における教会の支配
個人の自由と人権を重視集団の道徳的規律・絶対的真理を重視

 話がそれましたが、そんな感じで、ゲーテの一瞬ありきたりに感じてしまった思想に話を戻します。ゲーテの教養的自己形成、特に自己の内面に着目したことは、文学史においてはかなり重要な運動、思想だといいます。彼の文学的特徴には「ビルディングス・ロマン」という名前がついています。

 ビルディングス・ロマンとは。主人公が人生経験を通じて成長していく過程を描く物語のジャンルのことを指します。ははあ、またありきたりなものに、仰々しい名前がついているな。私はそう思いましたが、なぜ、これが、現代において歴史を振り返った時に高く評価されているのか。先ほどと同じように考えを巡らせます。

 ビルディングスロマンがゲーテによって確立されるまでは、文学のジャンルとしては以下のようなものが中心でした。
・英雄譚(エピック):神々と戦う英雄の冒険、名誉と運命がテーマ
・騎士道物語(ロマンス):栄光、忠誠、宗教的理想
・告白録(自伝的信仰物語):個人の心の内側を描く、神との関係や信仰の証しが中心

 上のいずれも、その作品における主人公は、「理想の姿」や「運命に従う存在」として描かれていました。つまりビルディングスロマンが誕生するまでは、「個人の内面的成長」を正面から描く文学が、あまり重視されていなかったという歴史的背景があるのです。

 そんなゲーテの文学史における重要性、影響について学んでみて、では現代においてビルディングスロマンと言える有名な作品は何だろうと調べてみました。検索してみると、以下の文芸社のサイトがヒットしました。

いまさら聞けない「ビルドゥングスロマン」とその未来
https://www.bungeisha.co.jp/publishing/kakitai/article_195_113.jsp

『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』が刊行されたのは1796年。恋に破れた主人公ヴィルヘルムが演劇人を目指し、さまざまな人生の浮沈を経験する様子を描いています……と概略を書くだけでは、現代人にいまさら珍しいところは感じられませんが、この作品が発表されるまでは、青年の精神的成長をストーリーとして構築するという発想は不思議なことにほとんどなかったのです。どうもパイオニア的発想とは、奇想天外な着想をトリッキーに掴み取るというよりかは、思いがけない視角を得て、もともと存在していた四次元世界に気づくようなものかもしれませんね。目隠しの擬装カーテンを開けば、たちまち誰でも知るところとなるのに、それ以前にはまったく目に映らない世界――。そのような文学世界に開眼したゲーテは、若者の精神修養のため、みずからが教養とする知識や行動指針を端正な構造のなかにちりばめます。それが「ビルドゥングスロマン」命名の所以であり、後進の揺るがぬ模範となったのでした。

 図らずも、自分が歴史を学ぶうえで大切にしている観点がわかりやすく言語化されていて、嬉しい気持ちになりました。さらに、以下のような形で、ゲーテの影響を受けた作品について紹介されていました。

ゲーテの範に則って書かれた有名な小説に、トーマス・マンの『魔の山』があります。かつて文学青年たちに思索のフィルターとしてひっぱりだこであった、ビルドゥングスロマンの金字塔と呼べる一作です。

 実は最近、倶楽部のメンバーである吉田予備校さんに村上春樹「ノルウェイの森」を勧められて、通勤時間に読み始めていたところでした。主人公ワタナベはどこに行くにも、とりあえず「魔の山」を持ち歩くんですね。主人公が複雑な感情を抱く直子が療養する場所に赴く際も、持っていきます。そもそも、この「ノルウェイの森」自体が、昭和のビルディングスロマンの傑作ともいえると思うので、図らずもゲーテの思想の潮流に触れながら通勤していた、と言うことに気づきました。

 別に大した偶然ではありませんが、なんだかうれしくなったのでちょっと日記にしてみました。庭先、窓辺から世界を観察してみよう、という思いからゲーテとビルディングスロマンを知り、全く関係のない所、吉田予備校さんから勧められた小説の中でビルディングスロマンに触れていた、というお話でした。

今日ご紹介する昭和ポップスは来生たかお「楽園のDoor」です。
この曲について特に語ることはありません。

今年のテーマは、スカッと生きる、です。
好きな言葉は寛容、連帯です。
嫌いな言葉は効率です。

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