幼少期から両親の影響でサザンオールスターズの楽曲を聴いており、桑田佳祐とハモっている女性に幼心に好奇心が湧いたのが原由子(以下原坊)との出会いだった。
サザンのアルバムに収録されている、原坊の歌声からは羽毛に包まれていくような感覚を抱くこともあれば、おしとやかなイメージとは真逆の特殊素材、一見脆そうでも、頑丈な素材に触れているような感覚を抱くこともある。実際に、桑田佳祐が歌う卑猥な歌詞にも原坊の歌声が乗っている。
サザンのアルバムを借り漁っていた高校時代、原坊の歌声、楽曲にすっかり魅了されていた僕は、ソロの作品も聴いてみたいと思うようになった。
初めて借りたのは1998(平成10)年2月25日に発売された、ベストアルバム『Loving you』だった。
このアルバムを聴いて、原坊の楽曲のレパートリーの多さと、歌謡曲やポップスなどのどんな楽曲もそつなく歌い上げる彼女の才能の高さに、ユーミン(松任谷由実)や竹内まりや、中島みゆき、美空ひばりといった日本の音楽史に残る名だたる女性アーティスト、シンガーソングライターと同じものを感じ、「このアーティストを好きな人は多いだろうな」と思った。それは、皆さんも利用したことがあるであろう、お菓子、お惣菜、サラダ、お弁当などあらゆる食料品のお店が軒を連ねている”デパ地下”のようなものである。
また、こんなことを言ったら大変失礼かもしれないが、桑田佳祐をミュージシャンとして、妻として公私ともに支える姿が”デパ地下”要素を強くするのかもしれない。
今回は、そんな原坊の世界を少しだけご紹介しようと思う。
『I love youはひとりごと』
原坊のソロ作品のことを色々と調べていくうちに、ソロデビューシングルが歌詞が猥褻として放送禁止になって、それに抗議した桑田佳祐をはじめとしたサザンの男性メンバー、スタッフが女装して、原宿のビクタースタジオの屋上でゲリラライブを行ったことを知った。
「歌詞が猥褻で放送禁止?どんな曲なんだろう?」という好奇心で調べて、出会った曲が1981(昭和56)年4月21日にリリースされた『I love youはひとりごと』である。
作詞・作曲:桑田佳祐 / 編曲:HARABOSE / 管弦編曲:八木正生
今宵あなたと 渋谷のモーテル
帰りたくない 気持ちもいいじゃない
通い慣れないムードの部屋で
私のけぞる フリをする
裸を見せ合うだけなら 大人の恋とは言えず
ためらいがちな男より ひと思いに抱いて
ちょっと待ってよ I LOVE YOU はひとりごと
情けない話しだよ
吐息ひとつで もっと感じる女ですもの
私好みのサイズであっても
いきな文句で 口説かれようとも
割とハードな モデルの仕事
ムリなポーズじゃ 絵にならぬ
私は 花のように生きて
弱気に出たらだめなの
やさしいだけの男より
情熱の ORAL
ちょっと待ってよ いっちゃいそうは
ひそやかに ささやくだけの方がいい
あなたしだいで もっと感じる女の背中 ハー
ちょっと待ってよ I LOVE YOU はひとりごと
情けない話しだよ
吐息ひとつで もっと感じる もっと感じる
もっと感じる女ですもの
歌詞を読んでもらうと分かるが、まさにアダルトビデオや官能小説の世界観、歌詞の世界を際立たせるホーンセクションのジャズ…当時知らなかった、油のようなドロついた大人の世界たっぷりの曲に僕は、高校生が入ってはいけないお店、「お前が来るようなところじゃない」と言われるような場所に入ってしまったような感覚になった。
同時に「これは放送禁止になるわ」と思いつつ、「おしとやかなイメージなのにこんな過激な曲を歌う原坊と、この曲を歌わせた桑田佳祐は凄い!」と思った。
ちなみに、『I love youはひとりごと』が放送禁止に該当すると指定された「要注意歌謡曲指定制度」は、1983(昭和58)年に廃止されたため、現在は放送可能となっている。
『横浜Lady Blues』
サザンでリードボーカルを務めた楽曲、ソロ名義での楽曲を網羅したベスト盤『ハラッド』が発売されたのは、僕が大学1年の時だった。
『ハラッド』に収録されている楽曲の中に、僕は初めて”シティポップ”と呼ばれるであろう作品に出会った。それが、1983(昭和58)年11月5日に発売された5thシングル『横浜Lady Blues』である。
作詞・作曲:桑田佳祐 / 編曲:桑田佳祐 & Head Arrangers
冷たい夜風に身をさらし
港に立つ女が叫ぶ
見えない運命(さだめ)にやつれ果て
吐息の中にゴスペル
逢えない予感のその後で
彼の事を小耳にはさむ
良くない噂が駆け巡り
無情のベルが鳴る
Why do we do
恋人が訳もなく通り過ぎて
Lai la Yokohama oh! Oh!
迷い道で出逢う二人
はだかで翔ぶ街
Ah, ah, ah
I want you hear me crying
Ah, ah, ah 今宵 lady blues
抱いたり 攻めたり だましたり
恋心も うらみに変わる
ホテルの小部屋で酔いつぶれ
レンガ色に溶けた
Why do we do
恋人が訳もなく通り過ぎて
Lai la Yokohama oh! Oh!
とりとめなく
からみ合えた 夜も熱い街
Ah, ah, ah
I want you hear me crying
Ah, ah, ah 燃える lady blues
Ah, ah, ah
I want you hear me crying
Ah, ah, ah 今宵 lady blues
赤レンガ倉庫、港からの夜景、異国情緒あふれる街並み…”横浜”と言われれば、そういったイメージが連想できるが、この曲は聴いているだけで風景が脳内に再生されるイメージ。それは、”シティポップ”と呼ばれる、日本のおしゃれなサウンドのポップスそのものである。
先ほど申し上げたとおり、僕はこの曲に大学1年の時に出会った。お酒を飲むようになったり、行動範囲が広がるようになった時期でもあった。この曲を聴いた時、家族旅行で行ったことのある横浜の街のイメージも相まって、「女の子とおしゃれな飲み方をしたいな」という、背伸びをしたい感覚になった。実際それは叶っていないのだが🥹
今振り返ると、この曲がシティポップとの最初の出会いであり、現在でもそういったイメージの楽曲を好んで聴いている要因なのかもしれない。
『かいじゅうのうた』
僕には4歳違いの弟がいる。正直、仲はそんなに良いとは言えない。今は、別々の場所で暮らしていて、話すことはめっきりなくなった。同居していた時も、生活リズムが全く合わないこともあってか、2人で会話をしたり、何かをすることはここ数年はなかったし、幼い頃から喧嘩が絶えなかった。
そんな、兄弟仲が故に聴くと思わず涙が出てしまう、胸の奥にしまってしまった、なんとも表現し難いモヤモヤに触れようとしてくる曲が、1989(平成元)年4月26日に発売された8枚目のシングル、『かいじゅうのうた』である。
作詞・作曲:原由子 / 編曲:矢口博康
ようちゃんはぼくのおとうと
だけどときどき かいじゅうになっちゃう
まだまだあかちゃんだよ
それでもちょっぴりぼくをなかす
ぼくのだいすきな おもちゃをとったり
おえかきビリビリ ぼくいやになる
それでもやっぱりかわいいおとうとだったりするよ
おねがい わかってよ アニキのきもち
きみといればたのしい けんかしないであそぼう
ようちゃんはぼくのおとうと
だけどどこでも かいじゅうになっちゃう
まだまだちっちゃいけど
それでもちょっぴりぼくをなかす
ぼくのだいすきな ブランコとっちゃう
すなばもメチャメチャ ぼくこまります
それでもやっぱりかわいいようちゃんだったりするよ
おねがい わかってよ アニキのきもち
きみといればすてき ふたりなかよくあそぼう
そうだよホントは ぼくもかいじゅうだったりするよ
ゴメンネ きみのことを いじめたことも
ふたりなかよくあそぼう けんかしないであそぼう
ふたりはかいじゅう
この曲は、フジテレビ系で放送されていた幼児向け番組『ひらけ!ポンキッキ』の挿入歌としても採用されていた。
サザンは、原坊が産休を取るために1986、87年の2年間活動休止をしているのだが、その時期に1人目を、その後に2人目を出産している。この2年間の間に夫の桑田佳祐はKUWATA BANDやソロの活動を始めており、現在に至るサザン、ソロというとても大きな両輪の活動につながっている。
そんな原坊が幼い2人の子供のことを歌った曲が、『かいじゅうのうた』である。
この曲は、優しさを感じるのと同時に、僕にとっては心にナイフを突きつけられるような感覚を覚える曲である。正直、楽しくないし聴いていて悲しくなる。
兄弟や姉妹がいる方々で、全員が全員お互いに仲が良くて、関係性が良いわけではないと思う。中には、そのことを悔いている人や悩んでいる人もいるのかもしれない。
先に書いたとおり、僕は弟との関係性が決して良好ではない。この曲を聴くと、関係性が良好ではないことが嫌になる。改善したいと思っても難しい。吹っ切れたかったり、気にしないでいたいことを思い出させられてしまい、思わず涙が流れてしまうのである。
原由子は”デパ地下”である
ちょっとだけ大人な世界に背伸びをするような世界観の楽曲もあれば、童心に帰って、思わず涙が出るような楽曲もある。原坊のソロ作品。
原坊自身が作詞、作曲をした楽曲と桑田佳祐が提供した楽曲とでは、世界観が180°異なる。それを、そつなく歌いこなす原坊の才能の高さは、もっと音楽シーンの中で広く知られてもいいと思う。
それは、冒頭で書いた、お菓子、お惣菜、サラダ、お弁当などあらゆる食料品のお店が軒を連ねている”デパ地下”のようなものである。
今まで、サザンや桑田佳祐の楽曲は聴いたことはあるけど、原坊の楽曲は聴いたことがないという方は、是非聴いてみるとよい。ユーミンや竹内まりや、中島みゆき、美空ひばりを聴いた時と同じ感覚になるはずである。
最高だよ。ユウコちゃん