2023年2月12日(日)、オンライン交流会を開催しました!

昭和ポップス倶楽部では、毎月2回メンバーが好きなことをプレゼンしたり、あるテーマについて語り合う定期交流会を開催しています。

今回のテーマは、「昭和ポップス倶楽部的9の音粋〜昭和ポップスをJ-POPにしてみた!〜vol.6

メンバーの雨玉さん恒例のラジオ風プレゼン第8弾!bayFMで実際に放送されている番組「9の音粋」をオマージュしつつ、いつも大量の楽曲を流してくれるこちらの企画。今回は「昭和ポップスをJ-POPにしてみた!」シリーズの第6弾として、「日本語ラップ」について取り上げてくれました!

イベント概要

昭和ポップス倶楽部的9の音粋〜昭和ポップスをJ-POPにしてみた!〜vol.6

日時:2023年2月12日(日)21:00~23:00

会場:オンラインZOOM

参加人数:16名

ラジオの帝王、伊集院光さんのポーズ。真顔のメンバーもいてジワジワきますね

プレゼンターの雨玉さんの感想

プレゼンターをやってみての感想

昭和ポップス倶楽部の中では、なかなか触れられていないジャンルだったので、みなさんにうまくはまってもらえるか心配でしたが、良い反応ばかりでほっとしました。

準備で大変だったこと

とりあえず、2年も寝かせてすみませんでした!かけたい曲はあったのですが、いかにストーリーを作るか&後半は平成の曲になりがちなので、時代変遷を前後させながら皆さんの気持ちが離れないように意識をしました!

今回のプレゼンでいちばん伝えたかったこと

ラップも立派な昭和ポップスだ!以上です!

※最後に倶楽部メンバーのWさんには2年前にご相談させていただいて、資料もいただきありがとうございました!録音で楽しんでいただければ幸いです!

主催者レポート

こんにちは、昭和ポップス倶楽部代表のかなえ氏です!

今回はメンバーの雨玉さんが恒例のラジオ番組風プレゼン「昭和ポップス倶楽部的9の音粋」で「日本語ラップ」をテーマに、現在に至るまでの日本語ラップの歴史とそのなかで生まれた数々の楽曲をボリュームたっぷりに紹介してくれました!!
そもそも、日本語ラップは90年代から主流になってきたと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もそう思っていた一人でした。しかし、雨玉さんはそんな予想を覆す驚きの歴史をプレゼンで解説してくれました。少しだけかいつまんでお話ししますね。


日本語ラップを語る上で避けられない人物がラジオパーソナリティーの小林克也さんという方です。小林さんは日本語のリリックを本場アメリカのラップにどうのせるのか、試行錯誤します。そこで小林さんは映画でハワイ帰りの日系アメリカ人が英語混じりの変な日本語を使っていたのを思い出し、トム・トム・クラブの「おしゃべり魔女」などニューヨークから入ってきたばかりの独特のリズムを導入して、広島弁で「うわさのカム・トゥ・ハワイ」を作りました。
これが日本語ラップ発展の大きな一歩となったのです。

そして、雨玉さんはタイニー・パンクスの「I Luv Got The Groove」を紹介してくれました。このタイニー・パンクスは、1985年に高木完(カン)さんと藤原ヒロシさんによって結成されたグループ。このグループと、いとうせいこうさんがタッグを組んで生まれたアルバムが今日に至る日本語ラップに大きな影響を及ぼすこととなりました。
それがこちらの一曲!

実はこの曲、日本語ラップにおいて重要な発明となった楽曲でした。
一体何が大発明だったのか?「昭和ポップス倶楽部的9の音粋」では恒例(?)のスペシャルゲストとして、いとうせいこうさんがその理由をお話ししてくれました(笑)

この動画の内容を端的に説明すると「休符」のとりかたに意識を向けることで、リズムの取り方を一新したラップを制作することに成功したということです。

「業界こんなもんだラップ」が発売された85年のその他の動きとしては、モンチ田中らがDJグループM.I.D.(モアナ インターフェイス デバイス)という総勢18名からなる日本人DJマスターミックス集団を結成したほか、dj hondaらがリミキサーグループThe JG’sを結成。The JG’sはバブル期のディスコサウンドが全開のリミックスアルバムを作っていました。85年から潮目が変わり始めた様子がうかがえます。

90年代の日本語ラップシーンは小沢健二 feat. スチャダラパー「今夜はブギーバック」やEAST END×YURIのデビュー曲「DA.YO.NE」などのヒット曲が生まれたのはみなさんご存知の通り。

日本語ラップは見事、市民権を獲得しました。

・ ・ ・


この一連の日本のラップ史を解説してくれた雨玉さんによる超大作プレゼン。メンバーでもこれまでラップに触れてこなかったという人もいましたので、勉強になることがたくさんあったようです。
交流会では、メンバー同士の交流はもちろん、今まで知らなかった楽曲や触れてこなかったジャンルをメンバーから教えてもらいながら昭和ポップスの世界を深めていくのが目的でもあります。運営の私が「これついてやってください」と言っているわけではなく、あくまでメンバーの主体性を大切に開催しています。ついに昭和の日本語ラップまで、昭和ポップス倶楽部の探究は深まりました(笑)


今回の詳しいプレゼン内容は、今だけ初月購読料金がかからない【昭和ポップス倶楽部メンバー限定コラム】から全容をご覧いただけます。
気になる方はぜひチェックしてみてください。


それでは、また次回!

参加者の感想

  • 今回の交流会では昭和から平成までの日本におけるラップの歴史を振り返りました。興味は有るけど後追いの昭和ポップス時代のラップ、リアルタイムのJ-POP時代のラップ、それぞれが歴史という視点から繋がったのが嬉しかったです。(Kさん)
  • 明るく陽気な音にも優しい音にもピッタリとハマるヒップホップというジャンルの奥深さ。あまり通ってこなかった音楽とはいえ有名どころも多く、何となく聴き流していたラップの魅力に気づく良い機会でした。(Oさん)
  • 今日はラップ特集だった。ラップといえば個人的に80s後半〜90s初頭のラップ系が車でガンガンかけるくらい好きなので、今日は耳が幸せだった(Kさん)

お知らせ

昭和ポップス倶楽部では、毎月2回定期交流会、毎月1回イベントを開催しています!「気になるけど、まずは雰囲気や様子を見てみたい・・・」という方は無料お試しで交流会への参加が可能です!

気になる方は、お試し参加申し込みフォームからお気軽にお問い合わせください。

その他お問合せ

昭和ポップス倶楽部は、住んでいる地域、職業、肩書きを超え、「聴く」「観る」「話す」の三拍子で昭和ポップス(70~80年代の大衆音楽)を探究し、その魅力を共有・共感し合う若者のためのコミュニティです。イベントや取材の相談などは問合せフォームよりお気軽にお問合せください。

1997年生まれ・宮城県仙台市出身
昭和60年生まれ以降の若者中心の音楽コミュニティ【平成生まれによる昭和ポップス倶楽部】を運営 | 昭和ポップス資料館を作って戦後の大衆音楽を継承することを目標としています

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