地下に眠る幻のモノレールを追え【昭和タイムスリップ見聞録001】

駅前のビルは閑散としている。いつも、どんな時も。好立地にも関わらず、人はほとんど歩いていない。

ファサード(建物を正面から見たときの外観)を撮影しようと、正面からシャッターを押す。人の出入りに気を遣うことなく、あっさりと撮影することができた。

熱海第一ビルの正面入り口

ここは「熱海第一ビル」町の中心地っぽさもあり、昭和の一昔感も同時に漂う名前だ。用事?特にはない。何回も来ているから、中がどうなっているかも知っているつもりだ。それでも僕は、吸い込まれる何かに導かれるように、ビルの中へと歩みを進めた。昔から温泉地としてにぎわう街、熱海。関東近郊に住む人は、旅行で一度は来たことがあるかもしれない。バブル崩壊の煽りで、一時期はだいぶ人足が減ったと聞いたが、今ではV字回復と言われるくらい賑わいを取り戻しつつある。たしかに来るたび、若者向けの新しいお店を目にする。廃墟と化していた建物も、リノベーションを施して息を吹き返している。駅前の商店街では、頻繁にロケをやっている。古くは徳川家康も好んだこの街は、新陳代謝繰り返しながら、人々の心身をいやし続けている。休日に需要が高まる観光地とはいえ、熱海の駅前は平日でも人の往来は活発。学校帰りの高校生、いそいそと旅館の送迎バスに乗り込む人、お土産を眺める人。もう20年以上訪れている場所の見慣れた光景だ。

熱海第一ビルの館内。昼間でも静か。

第一ビルの玄関をくぐった僕に、新鮮な感覚はまったくない。最近オープンしたであろう不動産屋がちらほら見えるが、概観すると、毎度おなじみである。静寂に包まれた館内は、異様な雰囲気に包まれている。正確に言えば、無音ではなくBGMは流れている。むしろ、かすかな音量であるはずの曲が少し大きく感じるくらいだ。ロールプレイングゲームなどで、建物に入る瞬間に暗転し場面転換をすることがある。今の僕は、駅前とビルのギャップに対して、ハッキリと場面が変わった気がした。人によっては、職業病と称して様々な癖や意図せず自然におこなってしまう言動がある。それは知識の有無や経験の多寡に関わらない。僕にも「病」とはいかずとも、「予備軍」にはなっているのだろうか。見慣れたビルの不思議な空気感に触れながら、誰に仕向けられたわけでもなく「昭和」を探していた。大村崑のオロナミンCやボンカレーのように、誰が見ても「昭和なつかし」を認知できるものではないかもしれないが、昭和からあった(であろう)「名残りアイテム」を見つけてはスマホのフォルダーへと順調に納めていく。

テナントの案内板もアナログ
シンプルかつ手作り感満載
薄型の電光掲示板ではなく、箱型で釣り下がっている看板もなんだか惹かれます。
年季を感じる化粧室の案内①

「想像していたより収穫は少なかったな。でもこの古さと静けさは相変わらず。」そう、心の中で呟きながら、各フロアを探索していて、一つ思い出した。「そうそう、ここはモノレールを敷く計画で始発になる予定だった場所だったんだ」熱海に来たことがある人は、ご存じであろう。使える鉄道と言えば、東海道線と新幹線、そして伊豆急行線の3つだけ。高台のある熱海駅からだいぶ下って海沿いにある駅からは、アタミロープウェイも発着する。(ロープウェイは、鉄道ではなく索道(さくどう)と呼ばれる)ちなみに、軽快な音楽とアナウンスにのせてロープウェイが連れていく先には、隠された宝が眠っているらしい。でも、鉄道が3つだけじゃない未来が待っていたかもしれない。それが熱海のモノレールなのである。(モノレールは、一応鉄道に分類されるらしい。)1965年ごろ、熱海駅から宝石箱への誘い道ことアタミロープウェイ乗り場まで走らせる計画が立ち上がる。その始発駅が、熱海第一ビルの地下3階に造られる予定だった。しかし、景観破壊や温泉が出なくなる可能性への懸念、という熱海らしい理由で相次ぐ反対。結局、そのまま計画は立ち消えとなってしまった。

年季を感じる化粧室の案内②
熱海の土地柄でリゾートマンションの需要もあり、不動産屋が目立ちます。

もしかしたら、何かしらの痕跡は残っているのではないか。消えかかった線香花火のような淡い期待だけが残る。件の地下3階は立ち入り禁止。真相をこの目で確かめることはできないが、事態の動かない現実とは裏腹に、想像力だけが前のめりに進んでいく。今まさに都市伝説と対峙しているかのような判然としない気持ちと、それはそれで仕方ないと整理しながらも心で静かに立ち込める高揚感。何度このビルを経巡り歩いたところで、立ち入れる商業フロアに手がかりがないことは分かっている。今日も当然、モノレールに関する収穫は何もない。落胆することもなく、淡々と館内に散りばめられた昭和の落とし物をスマホで手中に収めるに終始した。職業病予備軍の癖は平常運行である。

モノレールの計画は頓挫した。発足から、まもなく60年。港へと繋がれず終いとなった軌道の亡霊は、平成生まれの私を昭和のロマンに乗せて、いま令和の熱海に停車している。

2件のコメント

  1. 外観、中の看板もノスタルジーですね!熱海の地域創生の可能性を感じずにはいられません。
    小田原や箱根にもないこの「どこか懐かしい」感覚をどう活かしていってくれるのか、はたまた違う街になるのか今後も気になります。
    港に繋がるモノレール・・・きっとできれば最高なんだろうな。

    1. 駅前とは思えない雰囲気に惹き込まれちゃいました。
      今でもこうやって、昭和の懐かしさに触れられる場所というのは貴重ですね。
      駅前から港までの凄まじい高低差は工事も大変ですが、もし実現してたら海からの景色は最高だったと思います!

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