河合奈保子さんのエッセイ『わたぼうし翔んだ』が40年の時を超え復刊されたワケ【わたぼうしさんインタビュー】

デビューから40周年を超え、現在はなかなか表立って活動する事はないにも関わらず、いまだに多くのファンを魅了し続けているアイドル・河合奈保子さん。 そんな河合奈保子さんの今ではもう手に入りづらくなってしまった幻のエッセイ『わたぼうし翔んだ-奈保子の闘病スケッチ-』が、 2021年に復刊を果たししました。そのキーマンとなったのが、今回インタビューさせていただいたわたぼうしさんという方。いったいどのようにして復刊までたどり着いたのでしょうか?その経緯についてお話を伺いました。

なぜ『わたぼうし翔んだ』を復刊させようと思ったのか?

『わたぼうし翔んだ』ってどんな本?

さにー

まず、『わたぼうし翔んだ』が復刊されるまでの経緯についてお伺いしたいと思います。なぜ、この本を復刊させようと思ったのでしょうか?

わたぼうしさん

『わたぼうし翔んだ』を復刊させたいと思った理由は、この本が「河合奈保子」という人物の魅力を非常によく描いていると感じたからです。

『わたぼうし翔んだ -奈保子の闘病スケッチ-』

発行:1983年(昭和58年)5月
著者:河合奈保子

可愛らしさと美しさ、歌唱力の高さ、飾らずに優しく気さくで誠実であり続けた河合奈保子さん。そのデビューから1年余りの1981年10月5日。18歳のこの日に起きた、リハーサル中のステージからの転落事故により、歌手活動の一時停止を余儀なくされました。
その後、1983年5月に出版された『わたぼうし翔んだ』には、約2ヵ月にも及んだ入院・療養生活中の出来事、仕事への迷い、葛藤や心の動き、10代女性としての思想や感情までもが、ご自身の手による瑞々しい筆致で綴られています。

(引用:『新装版 わたぼうし翔んだ -奈保子の闘病スケッチ-(河合奈保子)』  復刊ドットコム より)

さにー

私も読ませていただきましたが、転落事故に遭い、入院している間の当時の心境が丁寧に綴られていて、アイドルではなく一人の人間としての河合奈保子さんという方について知ることができたような気がしました。

わたぼうしさん

そうなんです。しかしながら、この本の発行部数はどうも少なかったようなんです。「見たことがない」というファンの人も多かったようですね。

さにー

えっ、そうだったんですね!てっきり奈保子さんファンの中では有名な本なのかと思っていました。

わたぼうしさん

いえ、そもそもこの本が出ていたことすら知らなかったという人もいました。

さにー

1983年というと、奈保子さんの人気も非常に高かったタイミングですよね。そんな時に発売されたエッセイでありながら、なぜそこまで知名度が高くないのでしょうか?

わたぼうしさん

これは私の推測ではありますが、そもそも大々的に売り出すつもりではなかったんじゃないかと思うんです。1981年10月に事故に遭った時のことを綴っているわけだから、普通はさっさと売り出そうとすると思うんですが、実際に発行されたのは1983年の5月。すでに1年半以上経っているタイミングだったんですね。

また、この本の値段は900円。当時の900円っていうと、学生さんにはちょっと高いかなという値段でした。中高生は写真集とかだったら喜ぶだろうけど、これはほとんど文字しかなく、写真も1枚しかない。そう考えると、いわゆる若いファンたち向けに売り出そうという想定がなかったんじゃないかと思うんです。

さにー

う〜ん、なるほど。中身がすばらしいのに、そんな状況も重なって、あまり広く知れ渡らなかったということですね。

わたぼうしさん

そうですね。また、芸能人の本っていうのは本人が書いてないということもよくあったそうなんですが、この本はおそらく本人によってしっかり綴られているという点でも貴重な本だと思うんです。

さにー

なぜ、ご本人が書いていると感じられたんでしょうか?

わたぼうしさん

他人が代筆するとどうしても食い違う記述が出てくるはずなんですよね。私は実際に奈保子さんの住んでいた大阪の公団住宅に足を運んで検証したりもしましたが、全くこの本に書いてあるとおりだったんです。

さにー

とても丁寧に奈保子さんの考えが描写されているというだけでなく、事実としても食い違いがなかったと。

わたぼうしさん

そうですね。まあ書いていると言っても、忙しいスケジュールの中記述しているはずなので、口述筆記等になるのかもしれませんが。

復刊のねらいとは?

さにー

本の復刊というのは、そもそもどうやって遂行するものなのですか?

わたぼうしさん

今回の『わたぼうし翔んだ』は、「復刊ドットコム」というサイト経由で復刊することができたんです。

復刊ドットコムとは?

「絶版・品切れ」となった書籍のリクエスト投票を募り、その情報を基にさまざまな復刊活動を展開する、読者参加型のリクエストサイト。

さにー

やはりこの素晴らしい本をより多くの人に広めたいという意図で、復刊活動を始められたんでしょうか?

わたぼうしさん

それももちろんありますが、復刊することで多くの効果があるんじゃないかと思ったんです。

まずは『わたぼうし翔んだ』という本の存在を多くの人に知らせることができるんじゃないかということ。それから、奈保子さんファンの活性化。さらに、河合奈保子さんにそんなファンの存在を伝えることができるということなど。

河合奈保子さんは、80年代当時は水着姿の写真やグラマーなスタイルが話題になる事が非常に多かったんですよね。奈保子さんは現在、長い間表での活動をしていませんが、でもそういうビジュアル目的のファンだけではなく、彼女自身に魅力を感じる人がいることや、今でも奈保子さんの復活を待っている人がいることを、復刊活動をすることでご本人に伝えられるんじゃないかとも思いました。

さにー

たしかに、それはご本人に伝わって欲しいポイントですね!

わたぼうしさん

はい、そういうわけで、復刊ドットコムでの集票活動を始めました。

復刊活動を開始

わたぼうしさん

復刊ドットコムに登録したのは2018年7月8日、今から5年ぐらい前です。

ところが、登録してから2ヶ月ほど経っても、票は2票しか集まりませんでした。2票といっても自分が1票入れているので、実質は1票。そこで、SNSでアカウントを作って宣伝活動を始めました。

票を集めるために、SNSで発信するだけではなく、そこで繋がった方とのオフ会や忘年会も企画しました。海外の河合奈保子さんファンとオンライン交流会をしたりしたこともあります。河合奈保子さんファンの中で有名な方にもご協力をいただいたりもして、200票くらいまでは集めることができました。

さにー

すごいですね!

わたぼうしさん

でも、近年は復刊ドットコム内で票が集まる本も増えてきているので、そのくらいではまだまだ復刊までの道のりは遠かったんです。そのうち、票数も250票くらいで停滞してしまいました。

そんなタイミングで、復刊ドットコムで20周年企画を行うという話が耳に入ってきました。それは「ユーザー参加型復刊企画」というもので、企画会議でプレゼンをし、それに通ったら復刊できるというもの。これなら『わたぼうし翔んだ』を一気に復刊まで進めることができる、これは逃す理由がない、ということでTwitterで繋がった河合奈保子ファンの方々と応募をすることにしました。

さにー

復刊に近づけるチャンスが到来したわけですね。選考はどのようにおこなわれたのでしょうか?

わたぼうしさん

その企画はまずは文書で応募し、審査に通ったら企画会議でのプレゼンができるというものでした。応募の文面では、『わたぼうし翔んだ』がいかに素晴らしい本なのかということや河合奈保子さんの人気は衰えるどころか上昇していることを、文字数の上限ギリギリまで詰め込みました。

そして待つこと1週間。書類審査通過の連絡が来たんです!

さにー

おお!

わたぼうしさん

そして企画会議へと臨みました。復刊ドットコムの社員の方など、7人ぐらいの人の前でプレゼンをしました。厳しいことを言われるのかなと思ったのですが、終始和やかでしたね。

さにー

プレゼンではどんなことをお話されたんでしょうか?

わたぼうしさん

最初にもお話した通り、奈保子さんは音楽の才能があるアイドルでありながら、別の方向で注目が集まることが多かった。でもこの『わたぼうし翔んだ』は奈保子さんの歌手としての真摯な姿勢や思想・感情を知ることができ、奈保子さんの人間としての魅力が伝わる貴重な資料だということを伝えました。YouTubeなどの発展によって若いファン、とくに女性のファンが増えているということも強調しましたね。

さにー

たしかに河合奈保子さんは、若者たちからもとても人気がある印象です。

わたぼうしさん

そうなんです。あと、復刊される前はこの本を入手することが非常に難しかったんです。買うことができても1万円ほどの高額で取引されていました。もちろん1万円の価値はあると思うのですが、購入しても河合奈保子さんに印税が行くわけでもないんですよね。復刊することでそういう新しいファン、若いファンも容易に手に入れることができるようにしたいということもお話しました。その結果、無事プレゼン審査にも通過し、復刊できることになりました。

さにー

すばらしいですね!プレゼン審査に進んだ人の中でも、わたぼうしさんが選ばれた決め手は何だったんでしょうか?

わたぼうしさん

たぶん本気度の違いかなと思います。他の方が推薦していた本も売れそうだなとは感じたので、プレゼンへの熱量の問題だったのではないでしょうか。

実は河合奈保子さんを好きになったのはごく最近

さにー

その熱量から察するに、わたぼうしさんはこの『わたぼうし翔んだ』を当時リアルタイムで読んでいたんですよね?

わたぼうしさん

いや、私が初めてこの本を読んだのは2018年です。国会図書館で借りて読んだのが最初の出会いでした。

さにー

それまでは読んだことがなかったんですね。

わたぼうしさん

というか、河合奈保子さんをここまで好きになったのも、2018年からなんです。

さにー

えっ!そうだったのですか!?

わたぼうしさん

2018年に突然、思い出したんです。80年代当時はまだ小学生だったのもあって、それまではそもそもアイドルに興味がありませんでした。でも5年前の正月、YouTubeを見ていてふと「あぁ、河合奈保子さんっていたなぁ」「どんな歌を歌ってたかな?」と思い出して。そこからいろんな映像を見るようになりました。

さにー

てっきり、40年以上のファンの方なのだと思っていました。

わたぼうしさん

違うんです。当時「綺麗な女性だな」と思っていたことは覚えていましたが、ファンまでではありませんでした。

さにー

でも2018年にあらためて映像を見て、ハマってしまったんですね。どんなところが胸に響いたんでしょうか?

わたぼうしさん

内面から湧き出る可愛さがあるっていうんですかね。作った可愛さとは全く異なる可愛さがあるなって思います。それに、歌も聴いていて心地よい。

さにー

以前昭和ポップス倶楽部のイベントでも、当時河合奈保子さんの親衛隊に所属していた方のお話を伺いました。(【イベント】昭和アイドルの親衛隊に訊く!昭和ポップストークイベントを開催)そのようなずっとファンだった方もいらっしゃる中で、わたぼうしさんが復刊活動を始められた時は、驚いた方も多かったのではないでしょうか。河合奈保子さんファンからの反応はありましたか?

わたぼうしさん

悪口を言う人もいましたよ。「そんなことやっても無駄だ」とか、一部ですけどね。でも、そういう人はネットにはいくらでもいる。ほとんどは「よくぞやってくれた」と賛同してくれる人ばかりでしたよ。最終的には票数が300以上入ったのも、やっぱりその人たちのおかげですね。

引用:『わたぼうし翔んだ   奈保子の闘病スケッチ(河合奈保子)』 投票ページ  –  復刊ドットコム

2021年8月、『わたぼうし翔んだ』がついに復刊

わたぼうしさん

そしてついに2021年6月15日、復刊されることが発表になりました。

わたぼうしさん

実際に発売が始まったのは8月10日。池袋のジュンク堂や新宿の紀伊国屋にも並んでいました。やっぱり大型書店に並ぶっていうのは嬉しかったですね。

さにー

「復刊が決まりました」と発表になったあと、周りの奈保子さんファンからの反応はどうでしたか?

わたぼうしさん

すごい、ついにやったんだという、驚きの方が大きかったようですね。ファンの方や親衛隊だった方の中でも、持っていない方もたくさんいる本でしたから。

『わたぼうし翔んだ』復刊を振り返って

さにー

これまでのことを振り返ってみて、復刊するまでの活動の中で一番印象深かった出来事はなんですか。

わたぼうしさん

そうですね。私が一番嬉しかったのは「出版できますよ」って聞いたときですね。著作権法79条に、「著作権者は出版権者に本を出す権利を設定できる」というような条文があるんです。著作権者である河合奈保子さんは、復刊ドットコムに出版権を設定できるということです。今回はそれができたから出版できたということですよね。この条文を読んだ時は、感動しましたね(笑)審査に通ったと聞いたときより、何より嬉しかったです。

さにー

でも、いくら好きと言っても、2018年にふと河合奈保子さんのことを好きになってから『わたぼうし翔んだ』に出会い、怒涛の勢いで復刊にこぎつけるというのは、すばらしい行動力だと思います。わたぼうしさんのバイタリティは一体どこから来るのでしょうか?

わたぼうしさん

そうですね。ずーっと昔からファンの方っていると思うんですが、それをすごいハイテンションで続けていくっていうことってなかなか難しいと思うんです。奈保子さんに限ったことではなく他のアイドルもそうですが、活動を続けていく中で人生の波というのがあります。初期の可愛らしい楽曲を歌っている頃もあれば、すこし激しい歌を歌っている時期もあれば、自作の曲を歌い始めた時期もあります。女優に挑戦したことも。そんな中で人気や露出量にも変化がありますし、離れて行ってしまう人もいます。でも、それでもファンを続けている人って本当にすごいなと思うんです。

でも、そういう昔からのファンはそれが当たり前のように続けていることだから、30年とか40年経った今、思い立って「何かをやろう」ということってなかなか難しいのではないかと思うんです。なにかのきっかけがないと難しい。だから私はそのきっかけになれればいいなと思っていました。
そして行動した結果、昔からのファンの方々が「自分が率先してやるわけじゃないけれど、そういうことをやろうとしているならサポートするよ」と協力の姿勢を示してくれたんです。そういう方々のおかげで、今回の件はうまくいったのかなと思います。

さにー

わたぼうしさんの好きになりたてだからこその行動力と、ずっと前からのファンの方々の協力体制がうまく噛み合ったことが大きかったのですね。改めてお伺いしたいのですが、これまでを振り返ってみて、なぜ『わたぼうし翔んだ』は復刊できたのだと思いますか ?

わたぼうしさん

一番は、投票してくれたり、協力してくださった皆様のおかげですね。そして、おそらくご本人がOKしてくれたであろうということ。OKを出してくれないと復刊はできないので。

あとはやっぱり復刊ドットコムの企画にうまく乗れたということです。この企画に参加していなかったら、いまでも話が進んでいなかったかもしれません。いろんなラッキーが重なって、復刊できたと思います。

今望むこととしては、もちろん復刊できただけでもありがたいことだけれど、できるなら増刷してほしいなと思っています。あとは、奈保子さんが書いたもう2冊のエッセイも復刊してほしいなと思っています。

さにー

最後に、この『わたぼうし翔んだ』を改めてどんな人に読んでほしいですか?メッセージをお願いします。

わたぼうしさん

第一は河合奈保子さんのファンです。本の存在すら知らないという人もいますが、読めばこの「河合奈保子」という人物がよくわかる本だと思っています。この本には転落事故の顛末だけを書いてるんじゃなくて、奈保子さんの考え方や想いが全部書いてあります。これを読めば、奈保子さんがどういう人物かがよく分かると思うので、ぜひ読んでいただきたいなと思います。

そしてもうひとつ、女子中高生を娘に持つ親が読むといいんじゃないかと思います。人の考え方って40年前とでそんなに違いがないと思うので、この本を読めば、娘との付き合い方や思春期の女の子の考え方みたいなのが分かるんじゃないかなと。奈保子さんファンに限らず、そういう人が読んでも楽しめると思います。

さにー

これからももっと多くの人にこの本が届いて、増刷やほかのエッセイの復刊にもつながるとよいですね。わたぼうしさん、この度はインタビューをお受けいただきありがとうございました!

わたぼうしさん

ありがとうございました!

(インタビュー協力:かなえ氏)


今回は、わたぼうしさんに河合奈保子さんのエッセイ『わたぼうし翔んだ』を復刊させるに至った経緯をお伺いしました。 本はもちろんレコードやVHSなど、廃盤・絶版になってしまい、後追い世代が今から手に入れることが難しい作品は数多く存在します。しかし、そんな手に入れられない人たちのために動いてくれる人がいることや、そういうことを叶えてくれるサービスがある事は、後追い世代にとってもまたひとつの希望と言ってよいではないでしょうか。 もし欲しい本があれば、復刊ドットコムにて活動してみるのも手かもしれません!

また、今回インタビューさせていただいたわたぼうしさんは7月に河合奈保子さんの還暦イベントを計画中(東京・大阪)だとか!現在も積極的に活動されていて、尊敬です。ご興味ある方、ぜひお越しください!

Information

昭和ポップス倶楽部では、音楽を一緒に楽しむ仲間を募集しています!

平成生まれによる昭和ポップス倶楽部は、昭和ポップスの魅力を共有・共感し合うのコミュニティとして運営しています。

おもな活動内容

  • メンバー限定チャットで24時間いつでも交流!
  • 毎月(最低)1回、交流会を開催!
  • メンバー限定Webサイトで各種コンテンツを楽しめる
  • オフ会も多数開催!忘年会や新年会、BBQなども

そのほか、楽しみ方・活用の仕方はあなた次第!
一人でも多くの昭和ポップス・歌謡曲好きな方々とその輪を広げられるよう、随時新たなメンバーをお待ちしています。気になる方はぜひ一緒に楽しみましょう!!

※昭和60年(1985年)以降生まれの方が対象です

平成生まれによる昭和ポップス倶楽部のコラムニストとして執筆中!
最近YouTubeデビューしました。

コメントを残す